三田線のカーブ・長後町の悲劇 5

ここから先の話は確実にウラが取れている訳ではありません。現在坂下一丁目(旧志村長後町)の人に聞いた話です。

都営地下鉄を引く時に、都交通局も、常識的に考えた様です。先に書いたように、中山道の下を旧都電通りに線路を引き、高島通り分岐点からカーブさせ、西台・高島平方面へまっすぐ延ばす予定だったようです。

ところが、ここからが現代版イソップ物語です。都交通局は、用地買収やその他の補償費を、長後の住民に提示して来ました。そこで長後の人たちは町内を鉄道が通ることに反対して見せました。

本音は反対でも何でもなかったのですが、取り敢えず反対してみせることによって、用地買収費などをつり上げようとしたとのことです。
しかし都交通局はあっさり引き下がり、今のルートのように予定路線を引き直し、実行してしまいました。このため長後の町からは線路は離れ、現志村坂上・志村三丁目・蓮根と、設置駅はいずれも長後からは遠いところになってしまったのでした。

悲劇、というほどではないのかも知れません。旧長後町界隈も、特にさびれているという訳ではない、ごく普通の住宅地となっています。

f0111750_17355042.jpg


そして、本来こんなところで高島通りとクロスするはずのなかったところに、三田線のガードが見られる訳です。

f0111750_17364234.jpg


悲劇は長後町ではなく、西台以西の三田線利用者かも知れません。つづら折りカーブのために電車がスピードが出せないため、所要時間が多少余計にかかっている可能性があります。

長後町が素直に線路を受け入れていたら、今の蓮根や志村三丁目付近のような商店街が長後に出来ていたのかも知れませんね。
[PR]

  by ganbatakashima | 2007-04-18 17:40 | 蓮根・坂下

<< ドラッグストア戦争 三田線のカーブ・長後町の悲劇 4 >>

SEM SKIN - DESIGN by SEM EXE